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ローレンツモデル

本項では以下の内容を解説しています。

  • ・ローレンツモデルとは
  • ・誘電関数(比誘電率)の導出
  • ・屈折率や消衰係数,反射率との関係

【1】ローレンツモデルとは

ローレンツモデルとは、誘電体中の電子の振動を古典力学の強制振動と見なし、光の電場と電子の相互作用(誘電関数)を記述するモデルです。

物質の誘電関数を求めることにより、屈折率\(\large{n}\)や消衰係数\(\large{\kappa}\)の周波数依存性を計算することができます。

上記の誘電体とは、電子が原子に束縛され、電子が自由に動けない物質のことをいいます。
誘電体に光の電場が加えられると、電子は原子に束縛され自由に動けませんが、電子と原子の相対的な位置が変化します。

原子と電子の相対的な位置が変化すると、正の電荷(\(\large{+e}\))を持った原子と、負の電荷(\(\large{-e}\))を持った電子の対が発生します。このような正の電荷と負の電荷の対を電気双極子といいます。

【1-1】ローレンツモデルの運動方程式

ローレンツモデルでは、電気双極子を古典力学の強制振動と考えて運動方程式を立てます。
下図のように、電子と原子がバネに繋がれたモデルを考えます。 ローレンツモデルによる電子の振動のモデル化

図1.電子と原子がバネに繋がれたモデル

図1に示すように、時刻\(\large{t}\)における電子の位置を\(\large{x(t)}\)とします。

また、バネに繋がれた電子には、位置\(\large{x}\)に比例した復元力\(\large{-kx=-m_0 {\omega_0}^2}x\)が働きます。
\(\large{k}\)は古典力学のバネ定数、\(\large{m_0}\)は電子の質量、\(\large{\omega_0}\)は固有振動数を表します。

電荷\(\large{-e}\)の電子に外部から光の電場\(\large{\boldsymbol{E}=(E_x,0,0)}\)が加えられたとき、電子には電場\(\large{E_x}\)に比例した外力(\(\large{-e E_x}\))が加わると考えられます。 したがって、外部から電場が加わったときの電子の運動方程式は以下のようになります。

【電子の強制振動の運動方程式】

$$\large{\displaystyle m_0 \frac{d^2 x}{d t^2} + m_0 \gamma \frac{dx}{dt}+m_0 {\omega_0}^2 x = -e E_x (t)\hspace{10pt}(1)}$$

(1)式の左辺の第1項は質量\(\large{m_0}\)の電子の加速を表す項です。
また、第2項の\(\large{\gamma}\)は減衰定数を表します。この項は、格子振動などによるエネルギーの損失を表します。 第3項は先述した位置\(\large{x}\)に比例した復元力の項です。
また、(1)式の右辺は、光による外部からの電場を表す項です。

【1-2】ローレンツモデルによる誘電関数の導出

(1)式からローレンツモデルによる誘電関数を導出します。

光の電場\(\large{E_x}\)は振幅\( \large{\tilde{E}_0}\)、周波数\(\large{\omega}\)で振動しているとし、以下のように正弦波を複素数により表記します。 $$\large{ E_x(t)= \tilde{E}_0 e^{-i \omega t}}$$

また、電子の位置\(\large{x}\)は同じ周波数\(\large{\omega}\)で振動し、以下の式で表します。 $$\large{x(t) = \tilde{x}_0 e^{-i \omega t}}$$

(1)式に上式を代入し、光の電場の振幅\(\large{\tilde{E}_0}\)と電子の位置の振幅\( \large{\tilde{x}_0}\)の関係を得ます。 $$\large{\tilde{x}_0 = \frac{-e}{m_0({\omega_0}^2 - \omega^2 - i \gamma \omega)}\tilde{E}_0}$$

ここで、外部からの電場によって発生する物質の分極\(\large{P}\)は、電気双極子モーメント\(\large{p=-ex}\)に単位体積あたりの電気双極子の個数\(\large{N}\)をかけることで求められます。 \begin{eqnarray} \large P&=&\large Np\\ \large &=&\large -Ne \tilde{x}_0\\ \large &=&\large \frac{N e^2}{m_0}\frac{1}{{\omega_0}^2 - \omega^2 - i \gamma \omega}\tilde{E}_0 \hspace{20pt}(2)\\ \end{eqnarray}

ここで、物質中のマクスウェル方程式から、物質中に発生する電束密度\(\large{\boldsymbol{D}}\)は、電場\(\large{\boldsymbol{E}}\)と分極\(\large{\boldsymbol{P}}\)と以下の関係があります。 $$\large{\boldsymbol{D} = \epsilon_0 \boldsymbol{E} + \boldsymbol{P} = \epsilon_0(1+\tilde{\chi})\boldsymbol{E}=\epsilon_0 \tilde{\epsilon_r} \boldsymbol{E}\hspace{20pt}(3)}$$

上式の\(\large{ \epsilon_0}\)は真空中の誘電率、\(\large{ \tilde{\epsilon_r}}\)は物質中の比誘電率、\(\large{\tilde{\chi}}\)は電気感受率といいます。
比誘電率\(\large{ \tilde{\epsilon_r}}\)は誘電関数ともいわれます。

(2)、(3)式から、比誘電率\(\large{\tilde{\epsilon_r}}\)は以下のように求められます。

【誘電体の比誘電率\(\large{\tilde{\epsilon_r}}\)】
$$\large{ \displaystyle \tilde{\epsilon_r}(\omega) = 1+ \tilde{\chi}(\omega)= 1+\frac{N e^2}{\epsilon_0 m_0}\frac{1}{{\omega_0}^2 - \omega^2 - i \gamma \omega}}$$

上式が、ローレンツモデルから求められる誘電関数の式となります。
物質中では注目する電子以外からの影響も存在するため、それらの効果を背景誘電率\(\large{\epsilon_b}\)に含めるとすると、比誘電率は以下の式で表されます。 $$\large{ \displaystyle \tilde{\epsilon_r}(\omega) = \epsilon_b+\frac{N e^2}{\epsilon_0 m_0}\frac{1}{{\omega_0}^2 - \omega^2 - i \gamma \omega}}$$

ここで、比誘電率\(\large{\tilde{\epsilon_r}}\)の実部を\(\large{\epsilon_1(\omega)}\)、虚部を\(\large{\epsilon_2(\omega)}\)とすると、以下のようになります。 $$\large{ \epsilon_1(\omega) = \epsilon_b + \frac{N e^2}{\epsilon_0 m_0}\frac{{\omega_0}^2 - \omega^2}{({\omega_0}^2 - \omega^2)^2 + \gamma^2 \omega^2}}$$ $$\large{ \epsilon_2(\omega) = \frac{N e^2}{\epsilon_0 m_0} \frac{ \gamma \omega}{({\omega_0}^2 - \omega^2)^2 + \gamma^2 \omega^2}}$$

【2】誘電関数と屈折率,消衰係数の関係

ローレンツモデルから求められる誘電関数と、屈折率や消衰係数との関係について解説します。

【2-1】誘電関数の実部と虚部

前章で求めた比誘電率の実部\(\large{\epsilon_1(\omega)}\)と虚部\(\large{\epsilon_2(\omega)}\)を縦軸、周波数を横軸にとったグラフの概形を示します。
図2は、固有振動数\(\large{\omega_0=1}\)、減衰定数\(\large{\gamma=0.1}\)の条件でグラフを描いています。 ローレンツモデルによる誘電率の実部と虚部のグラフ

図2.(青線)誘電率の実部\(\large{\epsilon_1}\), (赤線)誘電率の虚部\(\large{\epsilon_2}\)

図2において周波数\(\large{\omega}\)が十分に小さいときの比誘電率を静的誘電率\(\large{\epsilon_s}\)といいます。周波数\(\large{\omega=0}\)のときの比誘電率の実部を\(\large{\epsilon_s}\)としています。

比誘電率の実部\(\large{\epsilon_1(\omega)}\)は、周波数が\(\large{\omega_0}\)から離れた領域では正の傾きを持ち、\(\large{\omega_0}\)付近でのみ負の傾きを持つという特徴があります。
比誘電率の実部は、物質の屈折率と関連しており、このグラフの傾向が屈折率の波長分散と対応しています。

一方、比誘電率の虚部\(\large{\epsilon_2(\omega)}\)は、固有振動数\(\large{\omega_0}\)においてがピークをもつ形状をしています。
比誘電率の虚部\(\large{\epsilon_2(\omega)}\)は、物質の消衰係数と関連しており、固有振動数\(\large{\omega_0}\)に近い周波数で光の吸収が増大することを示しています。

【2-2】屈折率と消衰係数

光の吸収が存在する物質中では、屈折率を複素数で表します。複素数で表した屈折率を複素屈折率といいます。
複素屈折率の実部を屈折率\(\large{n}\)、虚部を消衰係数\(\large{\kappa}\)といいます。
$$\large{\tilde{n}} = n + i \kappa\hspace{20pt}(4)$$

また、物質中のマスクウェル方程式から、物質の屈折率と、比誘電率\(\large{\epsilon_r}\)、比誘電率\(\large{\mu_r}\)には以下の関係があります。 $$\large{\tilde{n} = \sqrt{\epsilon_r \mu_r}}$$

通常、可視光付近の波長では比誘電率は\(\large{\mu_r=1}\)であるため、以下の式が成り立ちます。 $$\large{\tilde{n} = \sqrt{\epsilon_r }=\sqrt{\epsilon_1+i\epsilon_2}\hspace{20pt}(5)}$$

(4)、(5)式を解くと、屈折率\(\large{n}\)と消衰係数\(\large{\kappa}\)は以下の式で表されます。

【屈折率と消衰係数】
$$\large{ \displaystyle n = \frac{1}{\sqrt{2}} \sqrt{\epsilon_1 + \sqrt{{\epsilon_1}^2 + {\epsilon_2}^2}}}$$ $$\large{ \displaystyle \kappa = \frac{1}{\sqrt{2}} \sqrt{ -\epsilon_1 + \sqrt{{\epsilon_1}^2 + {\epsilon_2}^2}} }$$

上式から屈折率\(\large{n}\)と消衰係数\(\large{\kappa}\)の周波数依存性の概形を描いたグラフが以下のようになります。 ローレンツモデルによる屈折率と消衰係数のグラフ

図3.(青線)屈折率\(\large{n}\), (赤線)消衰係数\(\large{\kappa}\)の概形

図2の比誘電率のグラフと比較すると、比誘電率の実部\(\large{\epsilon_1}\)と屈折率\(\large{n}\)、比誘電率の虚部\(\large{\epsilon_2}\)と消衰係数\(\large{\kappa}\)がそれぞれ似た形状をしていることが分かります。

・屈折率と波長分散

屈折率\(\large{n}\)はよく知られているように、光速と物質中の光の位相速度の比を表す値です。
屈折率は、光の周波数(波長)に対して依存性があり、屈折率の波長分散といわれています。

波長が短いほど(周波数が大きいほど)屈折率が高くなる場合を正常分散といいます。
図3より、固有振動数\(\large{\omega_0}\)から離れた波長(周波数)では、波長が短いほど(周波数が大きいほど)屈折率が高くなり、正常分散となることが分かります。

一方、固有振動数\(\large{\omega_0}\)付近の波長(周波数)では、波長が長いほど(周波数が小さいほど)屈折率が高くなり、異常分散といいます。

・消衰係数と光の吸収

また、消衰係数\(\large{\kappa}\)は、物質中の光の吸収と関連した値です。

図3より消衰係数\(\large{\kappa}\)は固有振動数\(\large{\omega_0}\)付近でピークを持つことが分かります。
この形状は、光が誘電体中を伝搬するとき、特定の周波数の光が強く吸収されることを表しています。

補足【消衰係数\(\large{\kappa}\)と吸収係数\(\large{\alpha}\)の関係】

光が物質中でどれほど吸収されるかは、吸収係数\(\large{\alpha}\)という値により表されます。

吸収が存在する物質中の光の強度はランベルト・ベールの法則により、位置\(\large{z}\)に対して指数関数で減少します。
$$\large{I(z) = I_0 e^{- \alpha z}}$$ \(\large{I(z)}\)が位置\(\large{z}\)における光強度、\(\large{I_0}\)が物質に入射する光強度を表します。

また、上式の\(\large{\alpha}\)は光強度の減少する割合を表しており、吸収係数といわれます。 入射した光強度が\(\large{1/e}\)に減衰する距離が\(\large{1/ \alpha}\)になります。

この吸収係数\(\large{\alpha}\)は、消衰係数\(\large{\kappa}\)と以下のような関係があります。 $$\large{\alpha = \frac{2 \kappa \omega}{c}}$$

(吸収係数\(\large{\alpha}\)と消衰係数\(\large{\kappa}\)の関係式については屈折率|複素屈折率で解説しています)

【2-3】誘電体の反射率

物質の屈折率\(\large{n}\)、消衰係数\(\large{\kappa}\)から反射率を計算することができます。
空気(屈折率\(\large{n=1}\))から複素屈折率\(\large{\tilde{n}}\)の物質に光が垂直入射したときの反射率\(\large{R}\)は以下のように計算されます。 $$\large{R=\left|\frac{\tilde{n}-1}{\tilde{n}+1}\right|^2=\frac{(n-1)^2+\kappa^2}{(n+1)^2+\kappa^2}}$$ ここで、上式から減衰定数を\(\large{\gamma=0}\)、\(\large{0.1}\)、\(\large{0.3}\)の3パターンで反射率を計算した結果を図4に示します。 ローレンツモデルによる誘電体の反射率

図4.ローレンツモデルによる誘電体の反射率

図4より、減衰定数\(\large{\gamma=0}\)の条件では、固有振動数\(\large{\omega_0}\)の付近で急激に反射率が増加し、反射率が1になることが分かります。
実際の誘電体ではエネルギーの損失が発生し、減衰定数\(\large{\gamma \neq 0}\)となり、固有振動数\(\large{\omega_0}\)の付近で緩やかに反射率が高くなります。

【3】参考文献

・(1)斎藤 博,今井 和明,大石 正和,澤田 孝幸,鈴木 和彦『入門 固体物性 -基礎からデバイスまで-』共立出版株式会社,2011年9月25日 初版15刷発行,21.原子系と光の相互作用Ⅰ(pp150-155)


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